白洲次郎

馬場啓一さんという方の書いた本です。

流通経済大学教授、作家・エッセイストだそうですね。

 

読み始めからなんとなく説教じみていて、上から目線の作品に感じました。

 

白洲次郎さんのことを『大人』と表現していましたが、ちょっと違和感を感じましたね。どちらかというとわたしは、『子供』を感じていたからです。大きくなって誰もが失ってしまう大切なものを失わなかった人。それが白洲次郎だというのが私の考えです。言ってみれば、自分の中の正義を貫いたところに白洲次郎の魅力はあるのであって、これは大人には不可能なのではないかと思います。

 

あとは、ダンディズムについてもだいぶ勘違いしているおっさんのような気がします。この方は、次郎はでティールにこだわらなくてもダンディな生き方をしているからダンディなのだというようなことを書いていらっしゃいますが、こと次郎さんがおしゃれだったのには、相当細かいこだわりがあったろうと思います。

 

私は、とても不恰好で、背も高くありません。次郎さんが好んで履いた靴を履くことすらできません。どちらかと言えばとても野暮ったい人なのです。ですが、私がある格好をするとそれはカッコ良いということで結構流行ったりもしたんです。(自慢)ここには、とても細かい配慮というものがあるのです。

 

次郎さんが講和の時、サンフランシスコに向かう飛行機の中では、ジーパンとTシャツ姿だったのにタラップを降りる前にスーツに着替えていたという話は有名ですが、こういうことに頭を使うということ。その神経の細やかさこそ大事なのであって、決して、何の神経も使わなくても生き様が良ければそれで良いということではないと思うのです。

 

だいたい、形ばかりのダンディにお金を使えない人間に、高貴な思想が宿るはずもありません。繰り返しになりますが、次郎さんの生きざまで一番学ぶべき事は、ちっぽけな自分の良心に背かずに生きるということに尽きると思います。決して大人になんかなる必要なんかないのです。自分の心の赴くままに生きて、全く恥じるところがない。他人に子供とののしられようが、お構いなし。そんな大人が増えることを希望します。

おかしいと感じた点

著者の方は、それなりの思い入れがあるのかもしれませんが、わたくし個人的には、この方はだいぶ勘違いしているなと感じた次第です。42ページ(文庫版)に『プリンシプルとは例外を認めない、強固な思想的姿勢である。』 こんな記述がありました。

 

全然違うと思うけどね。私はそう思ったのです。プリンシプルとは、一本の筋を表すものであり、その解釈を細かく規定しても意味ないじゃないか?そういった大原則的な事だろうと思うのです。例外もありましょう。ただ、例外というものはなるべく少ない方が良い。そうでないとそもそものプリンシプルが軽薄な安っぽいものに成り下がってしまう。

 

そうしないための基本線とはどこか?ここを問いかけることで自ずと答えは出るのではないですか?

 

白洲次郎さんが言いたかったことは、こういうことだろうと思うのです。この方は、イデオロギーの問題がどうこう書いていますが、そもそもイデオロギーなんか関係ないのです。現代においても、共産党の志位さんの言っていることは、非常に正しいと思います。ただ、共産党がもし政権をとったら確実にものすごく腐敗するのも目に見えているような気がするのです。

 

主義とか主張で右だ左だとかいうのは、そもそも右も左もわかっていない人の戯言だと思います。右の人だって良いことを言うことはあるし、左の人だって良いことを言うことはある。人間は、言ったことと行動が結びついているか否かで判断されるのであって、結果嘘になってしまうことを言う人は、結局誰からも相手にされなくなるのです。

 

次郎さんに学ぶべきことは、波風を立てることに一点の曇りもなく立ち向かったことだと思います。そして、自分を知っていて、やりたくないことやできないことはしなかったし、できることはやった。嫌なことは、『イヤ』と言い、恨まれようがどうしようがやらなかった。これぞ現代の多くの人に受け入れられている部分であると思うのです。

 

ブラック企業がどうしたこうしたという議論がありますが、そもそもコレって外の人があそこはブラック企業だとか後ろ指を指す問題ではありません。いやだったら辞めればよいだけの話。辞めたいのなら、会社に行かなければよいだけです。誰にも相談しなくても解決できるのにこんなことを誰かに助けてもらわないといけないような人を助ける必要などないように思います。

 

次郎さんが多くの人に好かれたという事実は、その人間をしっかり見つめたということに他ならないと思うのです。次郎さんに褒められた人は、褒められるものを持っていた人だけだと思います。ただ単に、目下のものに甘かったのとはわけが違うような気がするのです。

 

『子供には良い人かどうかわかるんだ。』
と言ったそうですが、まさにその通りだと思います。

 

なんかこの本を読むと筆者の思い込みにちょっと腹が立つかもしれません。知らないけど。

大きな勘違い

馬場啓一というこのおっさんは、本当に困ったおっさんだと思いました。89ページに町田市は、今や神奈川県でも有数の都会になっているとか書いています。まずですね。町田市は東京都です。さらに町田は結構開けていますが、鶴川は都会ではありません。住宅地です。次郎案が移り住んだ時期からするとかなり雰囲気は変わったことと思いますが、都会ではなく田舎であることに変わりはありません。

 

この編集者も仕事したのかね?ちょっと疑問ですね。白洲本は出せば売れるから適当に書いといて!そんな二番煎じの柳の下のどじょうのような作品であることは否めませんね。こういうのをプリンシプルがないというのではないでしょうか?鶴川が都会なら、日本は、どこの海辺もどこの山のてっぺんも都会であるということが出来ましょう。次郎さんが生きていたら、『冗談は教壇でだけにしてくれ!』 と言われるような気がします。まぁ、日本の大学なんてものを教えられない感じがします。ハーバードの授業を最近では、NHKでやっていたりしますから観ると良いですね。日本の教育がどれだけひどいものか感じると思います。

保守政権とは?

この作者には、保守政権におもねるところがあり、全くバカの一つ覚えのように保守を連呼しています。人間そう急激に物事が変わってはなかなかついて行けず歳をとればとるほど保守政権の方が良いような気がします。しかし、保守とはそれまでの悪癖までも守ってしまう恐ろしさがあると思うのです。現代の日本に必要なのは、レボリューションではないでしょうか?

 

次郎さんが通産省を作ったのは、当時の一大レボリューションであったような気さえします。そして、今やもうすでにその役目を終えているような気もします。気骨ある役人はいやしないであろうし、民間企業がやる気になったことの邪魔だけしないでくれたら、日本はこんなふうにひどい状態にはなってやいないと思うのです。

 

経済産業省なんか今の時代ないほうが良いに決まっている。
次郎さんが生きていたら、こう言うような気がするのは私だけでしょうか?

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